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海外駐在妻物語13

憂鬱な日々 1

1989年5月、カナダに暮らし始めて、3ヶ月がすぎた。
ストーカー少年のお陰で、自転車を手に入れた私は、初夏を思わせる青空のもと、
自転車通学を始めた。
自転車通学は、思わぬ功罪を私にもたらした。
週3日、片道25分ほどの学校への道のりは、寒さの余り家にこもりがちだった
運動不足のカラダには、ちょうどいいエクササイズとなった。
バスでは通ったことのない脇道を、見るだけでも楽しいかわいい家や、よく手入れした
ガーデンを眺めながら走りぬけるのは、楽しい。
新しいお店を見つけては、ちょっと覗いてみたりもした。

当時、週3日朝9時から3時半までの学校で、一番の苦痛は1時間半もある
お昼休みだった。他の生徒さんと一緒に昼食をとることになる。
「それは何だ?」とおにぎりを指されて、「日本人はそんな真っ黒なもので
ライスを包んで食べるのか」だの、「中に入っている赤い丸いものは何だ」だの、
質問攻めだ。
まだまだ会話は不自由だし、本当は英語なんて聞きたくもない。
ゆっくりお昼を食べたかった。

気持ちのいい気候と自転車を手に入れた私は、お昼休みになると、お弁当を持って
学校を抜け出し、近くの公園に行くことにした。
青空の下で食べるお弁当はおいしく、英語での質問攻めからも開放され、
心身とものリラックスできる自由時間を手に入れた。
午後のクラスが始まるまでは、学校の近くのお店を見て回って時間をつぶした。

帰りも授業が終われば、ひとりで帰宅できる。
バス通学していたときは、同じ方向の生徒さんと一緒になるので、
何かを聞かれ何かを答えながら、帰っていた。

そう、私は英語攻めから自由になったとともに、人付き合いからも
疎遠になったのだ。

授業中も、先生に指されない限り、何も言わない。
お昼の会話からも外れ、1日一言も発しない日が増えていった。
英語にはホトホト疲れていた。
外国に暮らすというのは、周りが思うほど、うらやましいことではないと
わかってきた。

→憂鬱な日々2に続く

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カスピちゃん

Author:カスピちゃん
弓と布と毛糸と
絵の具と戯れ
メロンパンとたこ焼きを
こよなく愛する
大阪のおかん。

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