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海外駐在妻物語  46

ワールドカップの原体験


ほったらかしのこのカテゴリーですが、
普段、サッカーにはちっとも興味のない私が
Wカップを応援する原点は、カナダでの体験にあります。

今夜の試合の前に、想い出を綴っておきます。

******

1992年、日本ではバブルがはじけ
私たち駐在員の生活も、一気に質素になりました。
バブル時は、ジャパンバッシングに合い、
【イエロージャップ】となじられ、唾をはきかえられたり
【日本人はお断り】とお店を追い出されたこともありました。

そんな真夏の夜の夢がはじけ、「ありときりぎりす」のきりぎりすがごとく
日本人が意気消沈していたときに
バルセロナ・オリンピックがありました。

海外にいると、日本選手を応援したくても
決勝戦に出て、金メダル争いに絡んでくれない限り
テレビに映ることはありません。

あの年、岩崎恭子ちゃんが、中学生ながら水泳で金メダルを獲りました。

彼女のあどけない笑顔が
全世界で何億人という人が見ているだろうTVの画面にアップになり
我が母国の旗が真ん中で高々と掲げられ
国家が流れる・・・・

涙があふれましたね。TV画面に向かって一緒に国家を歌いました。

海外に暮らすと、これがどんなに感動と感慨を呼ぶものか、、、

日本を一度も離れたことのない方には、
多分想像の範疇を越えていると思います。

「日本もお金だけじゃない、スポーツでもやるときはやるんだよ!」と
どんなに勇気づけられたかわかりません。

スポーツ選手は、彼らの才能と努力の成果を
否が応でも日の丸模様のリュックに詰めて
背中に背負い、世界を相手に戦う。
草の根ながら、世界の中に放り出された私も
やはり日々、小さな日の丸を背に小さな戦いを続けていたわけです。

世界の目の前で日の丸が翻る・・・
あの感動は、今はのほほんと日本に暮らしていても
ちっとも色あせることがありません。


*******


カナダ在住最後の年・1994年、その年のワールドカップは
私が当時暮らしていたカナダのお隣の国・アメリカで開催されました。

Wカップが近づいたころ
近所の家の庭の真ん中に、突如大きなポールが立ちました。

????と思っていると
「こんな大きな国旗はどこで買ってくるねん?!」
国連本部の前でもこんな大きな国旗とちゃうやろ・・というくらいの
ブラジル国旗が翻りました。

街のあちこちに、母国チームのユニフォームを着た人が集い
普段はそんなにサッカーファンとは思えない友人達が
いきなり熱く母国チームについて語り出す。
熱弁をふるうアルゼンチンや韓国の友達がうらやましい限りでした。

その年の決勝は、ブラジル × イタリアでした。

決勝戦を前にして、国旗色に塗り分けたクルマや
国旗を屋根に巻き付けたクルマ
窓から、国旗を振り回すわで、
交差点で敵同士のクルマが出会った日にゃ
クラクションの応酬が繰り広げられ
街は一気にお祭り気分に引きずり込まれました。

その中でも、私が出会った忘れられないクルマがあります。

そのクルマはアメリカフォード社のまっかなマスタングで
窓から大きなイタリアの国旗を立てて
街中をクラクションを鳴らしながら疾走していました。

圧巻だったのは、そのナンバープレート

【GOT BZL】

Got Brazil・・・【ブラジル、打ちとったり!】

カナダでは好きな言葉でナンバープレートを申請することができます。
決勝戦でブラジルと当たるとわかってからでは
そんな短期間でナンバープレートは作れないので
きっと、彼はこれをいつか使えるようにと
前々から準備していたのでしょう。

こういう熱い母国愛に触れれるのも
海外に暮らしたからこそ。

今、私があの時のカナダに暮らしていたなら
ナンバープレートは【SAMURAI】とし、
ブルーのクルマを運転したことでしょう。


さて、ここまで来ました。
私たちのチームには、負けて失うものなど
何もない。
相手の胸を借りて、ドーーンとぶつかってほしいと思います。
日本、やるやん!というところを
全世界に見せつけてやってください。

がんばれ!岡田ジャパン


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ぽんすけさんへ

Jリーグもなかったころから考えると、
世界で16強入りするようになったんだから
日本も強くなりましたよね。
海外で活躍する選手が増えてきて、
チームも試合もが面白くなりました。

>なんで欧米人は、中国とかと混ぜてしまってるん・・・・

ウフフ♪それはね、
日本人も「欧米」なんて、ひとくくりにしちゃってるのと同じです。
「欧米」という言葉のなかに、いったい何カ国が含まれていると
思います??
ヨーロッパとアメリカとでは、全然ちがうし、
白人っていったって、やっぱりいろいろあるわけで、
だけど、私たちも見分けられないじゃない??
彼らから見たら、極東の神秘に満ちた文化は
中国のものも日本のものもごっちゃくたに
なっちゃうだと思いますね~^^
お互い様なんですよ、きっと。

Mcleanさんへ

9.11テロは衝撃でしたね。
私は当時オランダにいて、繰り返されるTVの映像に
あまりのことに、信じられなかったです。

当時アメリカにいらっしゃのなら、そのショックは相当なものだったでしょうね。
あの、悲しみと怒りの渦中にいながら、分かち合えない違和感は大変だったと思います。

シカゴのダウンタウンの壁に、
「12・7(真珠湾攻撃の日)と9.11を忘れるな!」と
落書きされているのを見たときは、はやり私たちはよそもんだなと
痛感しました。

あきさんへ

残念でしたね、サムライたち。

PKはずしたことを責めるつもりはありませんが、
なにも和歌山県がカレを表彰までしなくてもいいんじゃないの?と
思います。
ほんとに活躍したときには、何を表彰するんだろう・・・って。

なんだか、こういうとことも日本らしいなって。



No title

岡田ジャパン、残念でしたね。
もう一試合くらいやって欲しかったなあ。
でも、本当に頑張ったサムライたちでした。
四年後も是非頑張って欲しいですね。
 
海外に住む人たちは、愛国心が高まるのですね。
ずっと日本に住んでるので、高まることはあまりないのですが、
変なアメリカ映画で、日本文化が実際と違うように作ってあると、
イラッとします。
なんで欧米人は、中国とかと混ぜてしまってるんでしょうねえ。

No title

御無沙汰しておりました・・・。私も短期間ながら海外に身をおかせてもらい、その当時、今まで自分が日本人であることをこんなにも意識したことはありませんでした。赴任後数ヶ月で9.11テロが起こり、その後アメリカ国旗が街中にあふれていた景色は記憶に深く残っています。
ところでWカップ。素敵なチームでしたね。みんなが一生懸命でなんだか高校のクラブみたいで、見ていてただただ感動の連続でした。もう少しこのチームの試合を見ていたかったけど・・・。今は感謝の気持ちです。

No title

岡田ジャパン、残念
でもとてもいい試合だったと思いました。

確かにず~っと日本にいると母国愛は
あまり感じない気がします。
でもオリンピックやワールドカップなどの
大会で日本選手が活躍してくれるのは
とっても嬉しいです。
プロフィール

カスピちゃん

Author:カスピちゃん
弓と布と毛糸と
絵の具と戯れ
メロンパンとたこ焼きを
こよなく愛する
大阪のおかん。

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