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海外駐在妻物語 28

ここ2日ほど、ヤプログにログインできませんでした。
私のPCが悪いんだろうか、、、それとも相変わらずヤプログが調子悪いのかな?



妻のつきあい、今昔

私が海外駐在1年目として過ごした1989年は、
後にバブルと称される好景気のピークに向かって、
日本中が突っ走っていってたころだ。
駐在員も以前より増え、旅行者や留学生など、猫も杓子も海外に出てきていた。

日本を出発する前に、【海外駐在員の妻の講座】なるものを、会社の紹介で受講した。
パリッとしたスーツを着て、いかにも!という感じのエリートサラリーマンの妻が、
先輩駐在妻として、【心得】を教示してくれた。

【赴任したその国その国で違ったルールや習慣があるので、それに従うように・・・】
これは基本中の基本だ。
それ以外のことはあまり覚えていないのだが、
【日本の代表と見られることもあるのだから、心して行動せよ】とか
【公共の場で、日本人同士日本語で話すな】というようなこともあったように思う。
海外に暮らすことが、今よりずっと難しかったような気がする。

* * * * *

以前にも書いたが、そのころの駐在妻の付き合いには、【派閥】なるものがあった。
銀行や商社、航空会社などの大手企業の奥様をトップに、ピラミッドが形成されている。
大体は、同じ会社の社長夫人がどの派閥に所属するかで、
私たち部下も自動的に同じ派閥に吸収される。
私のような、奥様評価ランクの低いメーカー勤務の夫を持ち、
クルマの免許を持たない【奥様】は、ピラミッドの底辺にも組み込まれなかった。

派閥ピラミッドの最小の単位が、同じ会社内の付き合いだ。
例えば、我がT社社長夫人は、K社社長夫人と仲がいいとする。
K社に新しい駐在員が来て紹介のために社長宅で【お茶会】を催され、
T社駐在員夫人は全員招待される。
K社長夫人宅では、素晴らしい調度品とステキな食器、
そして手作りのケーキでもてなされる。
そして、その席で我が社長夫人が、こう提案されるのだ。

【今度はぜひ、うちでお茶しましょうよ】

で、日時が決まる。来週の水曜日2:00pmだ。
・・・ここで、招待客と同じように、次の水曜日2時に社長宅に御邪魔したら、大バカもんだ。

この頃の【お茶しましょう】は、召集令状だ。
まず、No.2夫人が社長夫人に連絡して、段取りを打ち合わせる。
買出しが必要なら済ませ、仕事を皆に割り振る。
当日は社長宅に1時間くらい早めに行って、準備を手伝う。
我らが社長夫人はよくできた方だったので、すべてを自分でされていた。
下っ端の私は2時ちょっと前に行けばよかったのだけど。
これが、すべての付き合いの基本だった。

* * * * *

派閥付き合いトップの奥様が、
【今度アンティークショーがあるので、みんなで行きましょうよ】と提案される。
その場にいる人全員に、召集令状が出されたわけだ。
運転手が決められる。それには乗っている車種も重要だ。
あまりつまらないクルマに【奥様】を乗せられない。
2台のクルマが決まれば、同乗者が決まる。
1号車にはトップの奥様からNo.4くらいまでの方が、
2号車にはそれ以下のランクの奥様が乗る。
もちろん、1号車の運転手は2号車の人より、ランクは上だ。

ある日、私の友達Sは2号車の運転手として、お出かけに同行した。
いろいろ買い物をしているうちに現地を出る時間が遅くなってしまい、
【奥様方】は少しでも早く帰宅したかった。
行きに乗ってきた1号車の運転手は高速道路を利用できない、、、
高速道路を使えば、行きの半分以下の時間で帰宅できる・・・
そこで、2号車の運転手に聞いたのだ。

【貴女は高速道路にのれます??】と。

返事がYESだった彼女は、帰り道はトップの奥様連中を乗せて
【高速道路】を利用して帰ることになった。
その後、彼女は優秀な運転手として、重宝されることになる。出世したのだ。

おもしろくないのは、もともと1号車の運転手だ。いわば【ランクダウン】を食ったのだから。
そこから、元1号車の運転手からのSに対する嫌がらせが始まった。
出かける日程を直前なってに知らせてくる、わざと待ち合わせ時間を遅く伝える、などなど。
この方が帰国されるまで、Sの苦痛は続いたらしい。

また、例えば私はA派閥に所属し、同い年の友人はB派閥に所属していたとしよう。
この場合、私たちの付き合いは全くの【密会】だ。
私の家に友だちが遊びに来るときは、近くのショッピングモールに車を停める。
我が家の前に駐車していて、誰にそれをみられるかわかないから。見つかったらコトだ。
B派閥の付き合いで、手芸品を作るとする。それを私がかわいい!教えて!と、友人に頼む。
私が作った作品を家に飾るわけにいかない。
その作品はB派閥の【門外不出】の品だから、これまた見つかったらコトだからだ。
同じ派閥内でも、自分より上の奥様が持っておられるのと同じ食器などを買った日にゃ、
帰国するまで隠し通すことになる・・・。

2007年になった今でも、少しはこういった付き合いがあるのかもしれないが、
今の私たち世代の多くは、どこかの国の政治家のように無所属派が主流だ。
自宅でのお茶会より、みなでランチに出かけるほうが多くなった。
昔は、【公共の場で日本人同士で、日本語を話すな】と教育されていたが、
今では堂々とレストランで日本語でおしゃべりを楽しむようになった。
むろん、それを見る現地人はどう思っているかは知らないが・・・

悪いことばかりのように感じる【派閥】だが、学校のPTA役員などを決めるときに、
もめることは少なかった。
【来年度の役員は、私たちで引き受けましょう】との、トップの奥様の一声で決まる。
今でも、付き合いに振り回されることを好む方も中にはいらっしゃる。
狭い駐在生活で、友人を見つけたり、
買い物やその他の情報を得ることは容易ではない。
派閥というグループにさえ所属していれば、
わずらわしさはあるにせよ、孤独を感じることは少ない。

現在は、個々で行動することが多くなった。
インターネットも普及し、日本の友人ともカンタンに連絡を取ることができる。
しかし、辛抱することがなくなった私たちは、役員決めとなるともめる。
口々に自分の都合ばかりを述べ立てる。
そして、自由になった半面、孤独を感じて引きこもる人も多くなった気がする。

どちらがよかったと一概には言えないが、いつの時代にも、そしてどこにいても、
人間関係が難しいのは変わりない。

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Author:カスピちゃん
弓と布と毛糸と
絵の具と戯れ
メロンパンとたこ焼きを
こよなく愛する
大阪のおかん。

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