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へろへろの2週間 ②

朝、父からの電話を受ける前、
転院の決まったH中央病院の相談員さんN野さんに電話をかけました。

日曜日、実家に立ち寄ったところ
留守電にメッセージが残されていました。
父が長い間勤めた会社が、創立100周年を迎えて
その記念式典をするとのご案内。
先代の社長夫人が、わざわざ電話くださってました。

式典は、24日(土)
いらいらしてストレスいっぱいの父には
いい外出になるかもしれないと思ったのですが
22日に新しい病院に転院して、すぐに外出させてもらえるだろうか、、、
その確認に、N野さんに電話したのです。

N野さんは相談員さんなので、担当医の先生に聞いてみないとなんともいえない、
転院された日に先生に直接確認してください、
ただ、転院してすぐは、いろいろと検査があると思う、とのことでした。

うーーーん、、、

で、父からの「退院する!」電話を切ったあと、
今度は市の介護保険の人から電話がかかってきたのです。

「26日に認定の面接に伺いたいけどご都合はどうですか」


父はO府H市在住です。
しかし、回復期のリハビリ病院は、私の住むN県で探してもらいました。
介護保険の人は、市を越えては(ましてや県を越えては)認定にきてくれません。
H中央病院のある市に、再依頼をすると言われ、
せっかく転院が決まったのに、なんたること、、、


【じゃあ、たとえば27日に転院の日をずらせてもらえたらどうだろう?】

父の記念式典出席も、今の病院からなら問題なくできる。
そして、介護保険の認定も済ませてしまえる・・・

とってもナイスな思いつきに思えた。

介護保険の人には、ちょっと返事を待ってくださいと告げて、
転院先のH中央病院にもう一度電話してみました。

優しいN野さんは、私の話を聞いて、
「とりあえず、担当のお医者さんと相談して、折り返し電話しますね。
 ただ、こちらの病院だけの都合ではなく、今の病院さんとの兼ね合いもありますから」と。

今入院している病院の相談員さんH野さんに電話をいれて
聞いてみた。「転院を27日できないか」と。

H野さんの声は、困惑いっぱいの表情をしていた。
そうだった、、、「できれば早く転院してほしい」という今の病棟からの声を
「今、次の病院を探しているので待ってください!」と抑え込んで
頑張ってくれてたH野さん。

「今、脳神経外科の患者さんを、別の病棟に入れたりしている状況なので
 難しいかと思いますが、一応、確認してみますね」という返事を聞いて
頭が覚めた。

大きな病院2つの都合を、父一人のために変えるわけにはいかないよね。。。

電話を切りながら、反省した。

とりあえず、クルマに乗り込んで、父の暴れる病院にクルマで急いだ。
その道中、H野さんから脳神経外科では手術の患者さんが父の後に控えていること、
H中央病院への転院は22日を逃したら、27日よりは後になること、の連絡を受けた。

バカなこと言ったなーと。
一生懸命やってくれてる人たちに、とんでもない我がまま言って手を煩わせた。

H野さんにはほんとに申し訳なくて謝った。
私までわがまま言ってどうするんだ。
当初の予定の22日転院でお願いします、と改めてお願いした。

お昼を食べずに家を出たので、病院の手前のコンビニで、
おにぎりでも買っていくかーと買い物していると、病院から電話・・・

「お父さんがまた暴れておられます・・・」

病室に行くと、もうどうしようもない。

22日に退院決まっているんだから、もう少し我慢してよーと言っても
もう、怒鳴る怒鳴る。

「お出かけするから、着替えて、」と
ポンとベッドの上に出した服の置き方が気に入らないと怒鳴り、
「自分の財布がない!お前が持ってんのか?」と聞かれ、
面倒臭そうに返事したと怒鳴り散らし、暴れる。

いやになりました。ほんとに、心底いやになりました。
いろいろ考えて、父のためになるかといろいろやろうとしていたのに
いやになりましたね、、、

ああ、私はなにやってんだろう。

「おまえに手助けしてくれと、頼んだか?!
 一人できる!もう退院する!だまれ!!」と言われ

もう、このまま退院させて、実家に放りこんで、
もうしらん!勝手に野たれ死ね!と投げだしてやろうかと思った。
ほんとに、思った。
胸ぐらつかんで、病院から引きずり出してやろうかとほんとに思った。

父は、私が子供のころから、自分の機嫌が悪いと、
ちょっとしたこと私たちのしたことが気に入らないと
すぐに怒っては手をあげてた。

顔が腫れるまで、殴られたこともある。
鼻血がでて、顔が内出血したこともある。
黒電話を投げつけられて、額を切ったこともある。
家の外に、投げ出されたこともある。

だから、私は家に引き取るのだけはいやなのだ。
いまだに父の怒声を聞くと、心臓が痛くなり、冷や汗が出る。

でも、殴ってきたら、絶対殴り返してやろうと、決めてたけど。

実際、土曜日に弟は殴り返したらしい・・・


******

なんとか気持ちを静め、外出し、なだめすかして、いつも買い物しているという
イオンに連れて行き、春色のトレーナーとジャージを買わせる。

「パジャマばかりだといやだろうから、春らしい部屋着でも買ったら?」

しばらく、ぶらぶらしたら、疲れたからなにか食べて帰るという。

「しょうが焼き定食にするわ」

・・・お昼ご飯食べたよね、、と思ったけど、もういいやって。
糖尿病のこともあるけど、もういいやって。

食べたいもん、食べたらいい。
いまさら、ちょっとくらい節制したって、糖尿病がすこぶるよくなるわけじゃなし、
本人が食べたいならいいやって。

ただ、食べた後、どこに帰るつもりなんだろう・・・

次の日は、四段審査の日だった。

ここで私は腹を決めた。
もし、家に帰ると言うなら、今夜は外泊させようと。
もう、仕方ない、これ以上病院に迷惑はかけられない。
実家に連れて帰って、外泊させよう。

でも、実家の駐車場には、父が事故を起こしたクルマが
ピカッピカに修理されて帰って来てる。
父には、クルマは事故して廃車にした、と言っている。
とりあえずは、「今夜の薬を受け取る」と病院に連れて行って
その間にクルマを動かすか、、、またいろいろ考えてた。


「ほな、帰ろか?」

「ほな、帰ろって、どこに帰るん?」って聞くと

「どこ、って、病院に帰らなあかんやろー」


わかってもらえますか、、、このときの私のなんともいえない脱力感。

いやになった。ほんとにまたいやになった。
なにやってんだ、私・・・

わずか少しの外出で、気分転換できるんなら、なぜもっと早く
連れだしてやらなかったんだろう。
もう何日も、家に帰る!とあんなに暴れてたのに、
なぜ外出させてらなかったんだろうという自分への怒り。

でも同時に、退院する!とあんなに暴れて怒鳴り散らしてたのに
この程度で済むんか!という父に対しての怒り。

いろいろやろうとしているのに、何もうまく回らないイライラ・・・

その場で大声あげて泣きたくなりました。

ようし。
病院に帰るなら、もう少し疲れさせてやる。

「地下で晩ご飯の買い物あるから、付き合ってね」と
食料品売り場を歩いたあと、病院に帰りました。

******

へとへとでした。

父との買い物では、サバの味噌煮をするつもりで買い物しましたが
帰り道、近くのスーパーに寄って、
ステーキ肉を買いました。

「肉食ってやる!」

で、20日(火)の四段審査を迎えました。

おまけの合格だけど、いいご褒美になりました。

さあ、22日は転院。

で、またまた事件に襲われたのです・・・







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Author:カスピちゃん
弓と布と毛糸と
絵の具と戯れ
メロンパンとたこ焼きを
こよなく愛する
大阪のおかん。

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